主要地方道足立東城線・県境〜東城


 県道足立東城線は、岡山県新見市足立を起点とし、新見市神郷町を経て、広島県庄原市東城町に至る県道であり、平成6年に主要地方道に昇格している。岡山・広島県境を挟んだ中国山地の中をひた走る区間が未改良となっている。



 岡山県側は、起点から三室川ダムの上流までは、ダム建設による付け替え区間を含めて改良済みの道路となっている。三室川ダムは、岡山県が建設した重力式のコンクリートダムで、平成18年に完成している。



 ダムの上流に残る1車線幅の旧道は、三室峡の遊歩道に転用されている。三室峡はシャクナゲの自生地としても有名らしい。



 三室峡トンネルを抜けた先で下り坂となった道を進んでいくと、県道が分岐する案内標識が現れる。直進方向が県道高瀬油野線で、県道足立東城線は左折となる。ここで片側1車線の区間は終わり、左折した先からは1.5車線幅の道路となるものの、施設が新しいので拡幅されているようだ。


 1.5車線幅の緩やかな上りの坂道を進んでいくと、道が左右に枝分かれしている。ここで1.5車線に改良された区間も終わり、いよいよ未改良区間へと入っていくこととなる。左手に進む道の路肩に県道の路線番号標識が建っているので、こちらが県道であることがわかる。



 青笹川という名前の川に沿って、杉林の中を進んでいく。途中、谷間に耕作している田畑とその横に建つ家の横を通り過ぎ、再び杉林の中を抜けると、笹山橋という橋の前後に数軒の廃屋が残っている。かつてこのあたりで林業に従事していた人の住居だろうか。



 この先の坂道を登りつめたところに、、「広島県」と「庄原市東城町」と書かれた標識が建っており、ここが岡山県と広島県の県境となっている。右へと分かれる未舗装の林道があるが、私有道であるため立入禁止との看板があり、チェーンで封鎖されている。看板に書かれている会社の名前は、バブル崩壊後に破綻した銀行と関係する会社で、この一帯の山林を所有しているそうだ。地形図を見ると広島県側には県道から分かれて山中を走る林道がかなりあるが、この先の県道から分かれる林道には同じ看板が掲げられていることから、この会社が自社の山に作った林道であろうと思われる。



 薄暗い杉林の中に続く1車線幅の道は、山の凹凸に沿うように作られており、カーブを左へ右へと何度も繰り返しながら、徐々に標高を下げていく。



 左の山へと登っていく林道との別れを通り過ぎると、道路の右手はるか下に頭地川という川が流れている。標高を下げていき、川沿い近くへ下りてくると、カーブも少なくなり、比較的見通しもよくなってくる。



 右手から林道が合流し、さらにその先で左の沢沿いから下りてきた林道が合流する。道のほとりには小さな祠やお地蔵さんがあり、名もない橋が架かっている。道の両側に続く杉林のうち、左側の杉林が雑木林になると周囲の視界が開けてくる。



 雑木林の中から出ると、広島県側で最初の集落である、別尺という集落に入る。集落の手前に架かる橋が冬季閉鎖区間の末端となっている。橋を渡ると数軒の家屋が建っているが、あたりはひっそりとして静まりかえっている。家屋の横を通り過ぎると、道の両側に休耕田が広がっており、その先は再び杉林の中へと入っていく。



 杉林の中に入るものの、ほどなくそこを抜ける。道路左手に水田が見えてきて、ようやく人里に下りてきたと感じられるようになる。



 右へと分かれる市道の交差点には、広島県の天然記念物に指定されている千鳥別尺のヤマザクラの説明板が建っている。千鳥別尺のヤマザクラはここから頭地川を挟んだ反対側の山すそにある巨樹で、4月下旬には美しい花を咲かせる。



 頭地川沿いの盆地の山すそに沿って、1車線幅の道が続いている。右手下の川沿いには、田畑が広がっている。



 道沿いのあちこちに小さなお地蔵さんが建てられている。そのお地蔵さんが建てられた年と建てた人のものと思われる名前が刻まれており、古いものでは明治時代のものもある。
 



 軒先にポストがあるもとは商店だったと思われる家の前を通り過ぎると、右へカーブして県道下千鳥小奴可停車場線との交差点に出る。



 交差点を左折してから千鳥の集落を抜けるまで、改良された道が続いている。その先は、再び頭地川の狭い谷に沿った1車線幅の道となる。




 頭地川を左手に見ながら、川沿いに進んでいく。途中、道の左手には地元の人が祭った観音様が鎮座しており、「長者山滝の観音様」の立て看板とともに、花も供えられている。



 長者山橋という橋が架かっており、川を渡る。橋には「千鳥川」というプレートが付けられており、地元の人にはそう呼ばれているのだろうか。川を渡った先のカーブで林道が右へと分かれていく。川側の路肩にはガードケーブルが続いているのが目につく。



 千鳥川橋という名前の短い橋の手前で、数軒の民家がある集落への市道が分かれている。その先は再び川の右岸を進んでいく。



 森脇の集落に入るところで、谷が少し広くなり、いったん片側1車線の道となる。しかし、神社の先で再び未改良の道となり、落石防止網の張られた切り立った法面の下を通る。




 このあたりでは、道路対岸の山すそは離れたところにあり、狭い谷の中を進んでいくような感はない。右手から市道が下りてきたところに、小室橋という橋が架かっており、ここから改良済み片側1車線の道となる。橋のたもとに建つ集会所の敷地の一角には、昭和45年の豪雨災害からの復興を記念する石碑が建っている。石碑の字は庄原市出身の政治家で、庄原市の名誉市民でもある永山忠則氏のもの。


 粟田の集落に入ると、水田の中をまっすぐに改良された道が続いている。途中、東城温泉の横を通り、芸備線の踏切と成羽川に架かる橋を渡り、もうすぐ東城の市街地というところで、国道314号線に合流する交差点が、県道足立東城線の終点となっている。


戻る