一般県道油木小奴可線・油木〜小奴可


 一般県道油木小奴可線は、庄原市西城町油木で国道314号線から分かれ、西城町小鳥原
 で国道183号線と交差したあと、西城町植木を経て、庄原市東城町小奴可で再び国道314
 号線に合流する県道。



 県道油木小奴可線の起点となっている庄原市西城町油木は、広島県北部の島根県境に近い山間の集落。集落内にあるJR木次線の油木駅は、広島県では最も北に位置する駅である。(写真は、油木駅を出発するトロッコ列車「奥出雲おろち号」。)油木駅前から橋を渡り木次線と並行して走る国道314号線へ出て、国道を福山方面へ走ると、県道に行き先のない案内標識があり、ここが県道の起点となっている。



 県道の起点部分は国道の旧道を利用しており、道路沿いにある倉庫の看板がこの道が国道であったことを偲ばせる。すぐ次の交差点で旧道から分かれて左へ入り、右手を流れる川に沿って民家の点在する谷を登っていく。



 灰庭という名前の小集落の最後の家の前を過ぎると、直進の方向には新しく作られている林道が続いており、ここで県道は大きく右にカーブして水田の横を通り、その後なだらかに広がる谷あいの荒地と山の境目を登っていく。



 やがて、県道は杉・ヒノキが植林された林の中へ入っていく。林の中に建っている看板によると、昭和40年代に「青年の山」と名付けられて、この辺り一帯で植林が行われたようだが、今となっては花粉症のもとでしかない。坂道を登りつめて、切り通しの道の両側に苔生した古い石垣が続く峠の頂上に到着、石垣の中には二体のお地蔵さんが座っている。



 峠の東側の下り坂道を進んで、左前方の視界がぱっと開ける。県道の下方に川が流れており、この川が深い谷を作っているためで、県道は谷の中腹辺りを緩やかに下っていく。



 木漏れ日の射す林の中を走り、左手の林の向こうに水田や民家が見えてくると、ほどなく西城町小鳥原(ひととばら)の坂根という名前の小集落に出る。



 斜面の中腹から天樋川沿いのわずかな平地に下りるためにぐるりと大きく回りこんで、T字の交差点となっている坂根橋のたもとに出る。この交差点を右折すると、ここから先は国道183号線まで改良済みの道路が続く。


 中国山地では古代から、木炭を燃やして、原料の砂鉄から鉄を作るたたら製鉄が盛んに行われており、この県道沿いでは坂根橋の上方と、国道183号線に出る手前の細谷橋の近くの2箇所に、砂鉄の製錬場の跡があり、いずれも広島県史跡に指定されている。(左の写真は、細谷橋近くの製錬場跡で、傍らの説明版によると、広島県で最後まで操業した製錬場で、明治34年から大正10年まで操業していたとのこと。)



 国道183号線との交差点では、案内標識の「↑東城」の方向へ直進する。四通(よつうじ)橋という、いかにも交差点らしい名前の短い橋を渡ったあと、再び上りの坂道となる。



 坂道の前方には、携帯電話の基地局の鉄塔が大きくそびえている。坂道を登ってその鉄塔の横を通り過ぎ、コンクリートで作られた土留擁壁が続く切り通しを抜ける。



 切り通しを抜けたあとは緩やかな下りの坂道となっている。県道上に設置された短いボックスカルバートの上を、JR芸備線が通っており、線路と交差している。



 芸備線をくぐったあと、県道右手下の川よりも一段高いところを、等高線の凹凸に合わせて右へ左へとカーブしながら進む。



 再び芸備線の下をくぐったあと、今度は芸備線よりも一段高い斜面に出て、線路と並行する形で進んでいく。途中、県道植木三坂線が左手から近づいてきて交差する。交差点には古びた案内標識と、ペンキのはがれかけた酒の看板などが建っているが、人家の類いは全くない。



 植木三坂線との交差点の先は、なだらかな山の背に広がる林の中、県道の右手に私立学校の宿泊施設がある。こことその先の民家の前と、道路の分岐が二つ続くが、いずれも「↑東城」の方向に進む。




 なお、先ほどの宿泊施設横の交差点を右折し、施設の前を通り過ぎ、芸備線の道後山駅へと至る道は、県道道後山停車場線。道後山駅は広島県内では最も高いところに位置する駅(標高611m)で、駅の西側には高尾原スキー場がある。
 かつては芸備線に急行列車が走っており、また冬には道後山スキー場へのスキー列車が発着し、駅から道後山まで県道をバスが走っていたそうだ。しかし現在、列車は1日わずか3往復となり、相対式のホームも駅舎側片側のみの使用となり、反対側の線路は撤去されている。無人駅となった駅舎の駅務室は消防車の車庫になってしまっており、駅へと続く道沿いには人気のない空家も見られる。
 左の写真は宿泊施設の前に建っている、道後山駅設置の記念碑。三次〜新見間の鉄道敷設にあたり、地元の人々が駅の設置を要望する期成同盟会を作り、請願を行った結果、道後山駅の設置が実現したことで、人々の「歓喜極まりなし」と刻まれている。時代の移り変わりによるものとはいえ、当時の人々が現在の寂れた道後山駅の様子を知れば、恐らく大いに嘆くことであろう。



 さて、県道油木小奴可線のほうに戻ると、県道は山に沿って進み、切り通しとなっている芸備線の上を橋で跨ぐ。跨線橋の先には陰陽分水嶺となっている旧西城・東城町境があり、その先ほどなく国道314号線に出たところが終点。


 なお、県道終点の地名となっている小奴可の集落は、国道314号線をこの先福山方面へ進んだところで、集落の中心部まではあと3kmほどの距離がある。


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